Prison
あそこにいたんじゃ危ない!とバルトに凄い勢いで誘拐されたビリーはあの屋敷に戻って、また監禁されていた。
「・・・シグルド様はお帰りになりました。なんでも・・・」
「メイソン卿も、今日こちらに戻る予定でしたがシグルド様の・・・」
「若」
バルトは絶望的な状況を聞いてはぁっと大きく溜息をついてうなだれた後、顔を上げた。
「ビリーがスタインの奴らに誘拐されそうになった」
「な、なんですって!?」
「恐らくあの問題の所為だろう」
「・・・麻薬の問題ですか」
「で、どうせなら俺達のシマも麻薬で汚染しようってことですね」
「その為の人質としてビリーが狙われたのだと思う。・・・ただ、昔もビリーはあそこに誘拐されていたし・・・そうじゃないのかもしれないけど、でもそうじゃなかったらどうしてビリーが狙われるんだろう」
「それで伝説の、守護天使ですか」
「ああ。わけのわからない通り名で知られているヒュウガ・リクドウ。あいつもビリーを狙っていた」
「・・・お手上げっすね」
「どうして俺のビリーはあんなにもてるんだ!!」
ビリーはもてたくてもてたいわけではないし、もてればもてる分だけ自分の不幸に繋がるような少年なのでそれは不可抗力だった。
「とりあえずシグルド様に連絡を・・・」
「何処に盗聴器が仕掛けられているか解らない。とりあえず徹底的に掃除した後連絡をとれ」



「・・・」
ビリーはまた閉じこめられていた。
お散歩も禁止。
「・・・」
暇だった。
ごろごろとベッドの上でごろごろしてみる。
「・・・」
お散歩、禁止。
「・・・」
ごろごろ。
「・・・あ、約束のステーキ作れないのかな・・・」
がちゃっと扉を開けると、四人の男が扉の前に立っていた。
「俺達が守ります!」
「・・・よ、よろしくお願いします」
ベッドに戻ってごろごろ。
「・・・つまんない」
だけれども。自分の身が何故か大がかりに狙われているのは知っていたし、ここで保護してもらった方が安全だと言うことは解る。
持ってきたノートパソコンの電源を入れて、弄る。
「・・・ふーん。こういうのもアリなんだー」
と料理のサイトをまわって研究したり、最近ニュースを見ることができなかったのでニュースサイトを見てみたりするけれども。嫌な胸のざわつきは消えてくれない。
「・・・まもって、やる・・・か」
なんだか・・・ああ、やだやだ。
なんでほっぺた熱くなってきてるんだよ僕。
ビリーは枕に顔を埋めた。
「・・・この分じゃ、登校日学校に行けないな」



「ビリー」
「・・・」
ベッドでごろごろしているうちにうとうとしていたビリーはバルトの声で起きた。
「大丈夫か?」
「・・・寝てただけだよ」
「・・・ああ、いや・・・その。誘拐の時のことでさ・・・」
「あ・・・」
そういや、全然考えもしなかった。
今以上にわけのわからない展開になっていたからもうよくわからなくなってどうでもいいと思っていたけれども。
誘拐されていたときのことで何か苦しんでいるんじゃないかって・・・思われてたんだ。
ビリーはごろごろしていただけの自分を思い出して頬を赤らめた。・・・本当、ごろごろしていただけだから。
「・・・ぜ、ぜんぜん・・・わけわからなくてごろごろしてただけだから」
「もし辛くなかったらさ。・・・誘拐されたときのこと、思い出してくれないか?勿論あいつらにお前を渡さないように地下の倉庫からもうヤバイ程の武器をだしてきて装備しているし、いざってときはミサイルをだなあ・・・」
「ば、バルト!ここらへんを焦土にする気!?」
「まあそう言うことだ」
やばい。
はっきりいって、やばい。
・・・自分が止めなくちゃ!
焦土になってしまう!!
「だから、お前も気を付けろ。窓の側に立たない方が良い。お前の可愛い姿を見てどうにかなってしまう奴がいるかもしれない。もし誘拐されるだけだとしても、お前の姿を見て誘拐するときに・・・ああ!」
「そんなことあるわけないだろ」
馬鹿じゃないのか君は。
「とにかく。今は我慢してくれ。・・・お前さらわれたら本当に俺どうにかなって、焦土にするからここら辺」
「わ、解ったよ」
大事に想われるのはとても嬉しいけれども焦土って・・・冗談じゃないんだろうなあ。
複雑な気持ちのビリーの複雑な表情に気付かないでバルトはよろよろと立ちあがった。
「じゃ、俺行くから。・・・まああいつらもそんなに早く何かするってことはなさそうだからさ・・・。今のうちにやすんどけ。全部終わったらさあ、海が綺麗に見える場所があるんだ」
「うん」
「それでさ、自転車でいこう。俺がこぐから、お前後」
「二人乗りの自転車は犯罪だよ」
「気にしない。・・・でさあ、そこにいったらさ。あとは坂道をがーっと転がり落ちてくんだ。邪魔する奴は殺す」
「こ、殺すな!!」
「解った。撃つだけに」
「撃つなあ!!」
「ま、そーいうわけだから」
僕はますますおかしい。
どうしてこんなこと、言われて・・・嬉しいんだろう。
・・・僕は末期症状かも知れない。



「・・・勿論、あいつらの狙いがビリーというジョーカーをもって俺を脅迫するのならこんな厳戒態勢の中ビリーを狙うのは愚作だな」
「ですが、ヒュウガ・リクドウもいますからね」
「攫うといったんですって?」
「ああ」
「・・・あの人に何があるのでしょう」
「調べてきました!・・・確かな情報筋というわけではありませんが、現在ヒュウガ・リクドウは臓器密輸の事件を追っているらしいです」
「臓器密輸か・・・。その参考人のためにビリーを?」
「・・・政府が絡んでいる場合、重要な参考人であるビリー様の口を封じるためというのもあります」
バルトはその言葉を聞いて眉をひそめたあと、机の上においてあった水を一気に飲んだ。
「他にも、臓器以外の問題で絡んでいるのかも知れません」
「・・・もう少し探ってみてくれ」
「了解しました」
「今後の対策は?」
「みすみすうちの領内を荒らされるつもりはない。いつでも突発的な事態に対応できるように心がけてくれ。シグルドはなんて?」
「今夜にでもこちらに帰ってこられると言うことです。メイソン卿はあちらの方で・・・」
「解った」
だがまああんなことのあった直後だ。
大それた真似はしないだろう。
あちらにも下準備は必要だと思っていたら。
「若!!」
「どうしたバナナボート!」



なんだか屋敷が騒がしい。
と思ったらビリーの部屋の扉が開いた。
「ビリー様!」
「ど、どうしたんですか?」
「たった今スタインの連中にここが攻撃されています!・・・こんな、大がかりな・・・!!」
「え、で、でも警察は!?」
「ここは森の中です」
そうなのだ。この屋敷は森の中にぽつんとあるのだ。
「こちらは危険です。さあ、早く!」
「わ、わかりました!!」
銃声が耳に入ってきた。・・・ここ、戦場だ・・・!
男に手を引っ張られていくと、なにもない廊下のつきあたりに出てしまった。
「あの・・・ここに、何が?」
バチッ。
何の音だろう。・・・聞き慣れない、まるで電流が流れるような音。・・・いったいなんなんだろう。
そう思ったときようやく理解した。
自分を先導してくれた男の手にスタンガンがあるのを。
「貴方は!?」
「失礼します」



「取り逃がしました!」
「相手も本気じゃなかったが・・・ここを攻撃されるとはどういうことだ!」
「ここを使うようになって日が浅いので、防備がまだ・・・充分とは言えなかった。その上あんな数を投入されては・・・あんなの想定外です!」
「・・・とりあえずビリーは無事か?」
相手の引き際が鮮やかだったのが気になる。
・・・自分たちを試したのだろうか。
バルトは持っていたサブマシンガンを部下に預け廊下に出た。
あとは部下に一任しているから、早くビリーの顔を見たかった。
怯えてないだろうか。
・・・大丈夫だろうか。
ビリーの部屋の扉が開いていた。
「・・・おい!」
「なんですか?」
「ビリー知らないか!?」
「いらっしゃらないんですか?」
「扉が開いていた・・・」
「・・・地下に誰かが連れて行ったのかも知れません」
「すまないが探しといてくれ」
そして作戦司令室みたいになっている会議室に向かう。
「・・・とにかくまたいつやってくるか解らないから今回の反省点をふまえて・・・」



一時間後。
「・・・シグルド様がお見えになりました」
「入ってくれ」
「・・・状況は聞きました。ビリーが、いないと?」
「この厳戒態勢の中外に出たとは考えられないが・・・あいにくビリー捜索に力を入れる事もできない。今は、これからの対策を練らないと」
「そうですか」
ビリーのことは心配だけれども外に出ていると言うことはないだろう。
もしかしたら地下で迷子になっているのかも知れない。
可哀想だけれども今はそれどころではないのだ。
「それでは失礼します」
誰も居なくなった部屋。
・・・苛立ちばかりが募っていく。
あんな大規模な動きを事前に察知できなかった。慢心の所為だ。
「チクショウ!」
時刻はもうそろそろ真夜中に突入する。
その時、執務室の電話が鳴った。
「どうした?」
”今すぐ18番の監視カメラを見てください!”
バルトは立ち上げていたパソコンを操作して、18番の監視カメラの映像を見た。
「・・・ヒュウガ・リクドウ!?」
”間違いないですか!?”
「相手は一人とはかぎらない!奇襲に気を付けろ!・・・このまま正門を突破するつもりか・・・?」
”相手は電子戦のプロだともいいます”
「・・・ちっ!」
なんでこうもたてつづけに・・・!
執務室にたてかけておいたアサルトライフルを手にとってヒュウガのいるところに駆け出そうとした時シグルドが部屋から出てきた。
「若!」
「ちょっといってくる!」
「待ってください若!!」
バルトにはシグルドの言葉なんか聞こえていなかった。
正門まで一気に突っ走る。
・・・そこに、いた。
「こんばんわ、若君」
「あんたは・・・!あいにくだが、ビリーは誘拐させないからな!」
「駄目です。今日は彼のために色々と用意してきたのですから」
「狙いは何なんだ!」
「ビリー君ですよ。それに、彼は・・・」
バルトがアサルトライフルを構え発砲しようとしたがバルトに追いついたシグルドがその動きを止める。
「ヒュウガ!どうしてお前はまぎらわしい言葉ばかりを使う!」
「思わせぶりなのが好きなのです」
「どうして挑発する・・・!」
「私は自然体なだけです」
「お前は・・・!」
「なんだか、ここ・・・攻撃された後がありますね。警備網も甘かったですし。大丈夫なんですか?」
「お前が言うな!」
・・・な、なんなんだ?
どうしてシグに、ヒュウガ・リクドウがこんなに親しく会話しているんだろう。それに・・・知り合い?
「おい、シグ!?こいつは・・・!」
「私の、いってみれば腐れ縁です」
「どうもこんにちわ、若君。今はシタン・ウヅキという名前にしていますのでシタンとお呼びください。もしくは先生でも良いですよ。先生的な職業もしていますから」
どんな職業をしているんだ。
謎だった。
「なあ・・・な、なんなんだよ?あんた。・・・ええっと、先生?」
「はい」
「あんたビリーを攫うっていったよな」
「ええ。・・・攫って可愛がってあげようと思って」
「こいつに他意はないんです。というよりも何を考えているのか謎なのです」
「どうして私のこと覚えていなかったんでしょうね、シグルド」
「知るか」
「・・・なあ、なんで、ビリーを攫うって?」
「人に誤解させる言い回しが好きなんです。・・・それにしても私の顔が割れているだなんて、おもしろい事態ですね。よもや貴方が?」
「・・・しかたないだろう」
「いや、だから」
シタンはふぅっと溜息をついた後持っていた刀をシグルドに手渡した。
「ビリー君がスタインに狙われているかもしれない、ということをシグルドから聞きました」
「なんでばらすんだ!?」
「・・・ヒュウガはビリーと知り合いなんです。・・・といってもビリーは覚えていなかったようですが。それに・・・ビリーの父親、ジェサイア先輩とは後輩にあたりますからね、我々は」
「息子が音信不通になって不安になったブランシェ夫妻からビリー君の行方を探すように頼まれたので・・・で、ここに突き当たったわけですが非常にスタインの動きが怪しい。いっそここにビリー君がいた方がいいと思ったのですが、もっとよい場所に逃がそうとしたんですが・・・」
「・・・ちょっとまってくれ」
今、凄いひっかかった。
「・・・いっそここにビリー君がいた方が、いい?」
「ええ」
「過去形だよな。なんか凄いひっかかるんだ」
「ビリー君はここにいますか?」
「・・・いない。でも、外に連れ出された形跡は・・・」
「本当に?」
「探させろ!」
「お前は、攫われたと?」
「そう思います」
「そんなことあるか!」
「ありえます。・・・イザーク・スタインの妄執は凄まじいですからね」
シタンの言葉に隣りに立っていたシグルドが渋々ながら頷いた。
まだ自分の知らないことがある?
「・・・シグ。スタインがビリーを狙うのがなんでだか、知っているのか?」
「あまりにも、辛い現実です」
「・・・いえよ!まさか、ビリーが記憶をなくすほどの嫌な体験も察しがついているのか・・・!?」
「あれは史上最悪な行為でした・・・」
「い、いったいなんなんだよ!」
「それは・・・私の口からはとても・・・」
「いえよ!!」



どこだろう・・・ここ。
・・・なんだろう。すごい、柔らかいところに寝かされている感じがする。どうしてこんなに柔らかい?こんな柔らかいところで寝るのはかえって寝にくい。
・・・自宅でもない、ファティマの屋敷でもない。
ここはどこ?
ビリーが目を開けると見知らぬ部屋だった。
ファティマで与えられた部屋と同じように豪華絢爛で、こちらのベッドの方はまるで女の子が憧れるような可愛らしい形のベッドだった。
白と、金と、クリスタル。
「・・な・・・?」
なんで男の僕がこんなところで寝ていなくてはならないのだろう!
慌てて立ちあがって部屋を見渡す。・・・もう、真夜中だろう。
時計があったので時間を確かめる。
「目覚めたようですね」
なんか、すっごいシチュエーションがだぶっているかんじがする。
「貴方は・・・だれ?」
扉を開けて入ってきた、白いスーツの男。・・・あれ・・・あたまが・・・なに、僕・・・この人の事・・・。
知ってる・・・?
「思い出せませんか?ビリー」
「貴方は?」
「イザーク・スタイン。・・・貴方の最愛の男です」
プリム・・・。
僕もう耐えられないよ。
ビリーは意識を手放した。



「久しぶりの対面で感極まって倒れてしまいましたか・・・本当に貴方は可愛らしい」
「うわぁ!!」
「おお、起きましたか」
夢じゃなかった!あのわけのわからないやりとりは夢じゃなかった!ビリーは起きあがって自分の置かれているというか、追いつめられている状況を把握した。
・・・やっぱり!
夢じゃなかった!
「お久しぶりですね、ビリー。私のビリー」
「すいません。お邪魔しました」
「何処へ行くのですか?」
「家に帰ります」
「私と貴方の甘い家はここですよ」
・・・駄目だ。
意識が遠のくけれども・・・ビリーは足に力を入れてふんばった。
「貴方がファティマの坊やに捕らわれたと知ったとき本当に驚きました。確かに貴方は美しい」
「帰らせてください」
「でも、私は約束しました。貴方が16歳になったら、迎えに行くと・・・。そしたら結婚できますし」
「・・・帰らせてください」
「だのに、目を離していた隙に・・・!仕方ない、貴方がこんなに魅力的なのがいけないのです。おお、神よ。なんて罪なことを・・・!」
「・・・」
「ですがこうして貴方は私の元に戻ってきた。あの男に何もされませんでしたか?まったくあの坊やは、私のビリーに手を出すなど百億年早い・・・」
百億年って、宇宙どのくらいに生まれたんだっけ。
ビリーは違うことを考えて気を紛らわせることにしたらしい。
だがそんなビリーの様子に気付かずスタインは拳を握って怒りを露わにしている。
「君が十歳だった頃。覚えていますか?あの、蜜月を」
記憶を失うほどの、出来事。
ビリーは鮮明に思い出していた。
五円玉による「すきになーれ」攻撃。・・・あれはこたえた。
そう。
・・・あの時とんでもない馬鹿げた「おまじない」でスタインと両思いにさせられそうになっていたのだ。
あまりの馬鹿さ加減につっこみ疲れ、そして本気な彼に本気で怖くなり・・・記憶を失ってしまったのだ!
なんてことだろう。
こんな馬鹿なことで!
「・・・」
ビリーは涙が出そうになっていた。
・・・こんな、こんな馬鹿に。怯えていたのか。
「君は可愛らしかった。そして覚えていますか。海辺のコテージで、愛を誓い合いましたね」
妄想だ。
「・・・ビリー」
「わあ!」
スタインに抱きつかれ、押し倒されてしまった。
「・・・あの坊やに触られたのですね。なんてこと!」
「どいてください・・・」
「Aですか、Bですか?・・・まさかCまで・・・!?」
なんでアルファベッドが会話に出てくるのか解らないビリーは怪訝そうな顔でスタインを見ているが、スタインは気付かない。
彼は今ビリーで心が埋まっていた。
ビリーとの出会い、別れ、それから六年。
「・・・本当なら、すぐにでも連れ攫って遊園地を貸し切って観覧車に乗ってファーストキッスを・・・」
やばい。
本当にこの人ヤバイ。
やばすぎる。
ビリーはそろーりと逃げようとするけれどもプレッシャーがかかっていてなかなか上手に動けない。
「ビリー」
「ぼ、僕は貴方のことよく知りませんしはっきりいって迷惑です!関わらないでください!!」
「・・・ファティマの坊やに洗脳されたのですか?」
「洗脳したのは貴方でしょうが!」
「・・・なんてこと!私達の仲を裂こうと催眠術をしこませていただなんて・・・!ですがビリーは私のものです。私の天使。私の愛。私の命。私の、世界!!」
たすけて。
たすけて、だれでもいいから。
「でも、永遠の愛を誓うのですよ・・・私達は」
「えいえんの、あい?」
「そうですよビリー。これで愛し合う二人は真の意味で一つになる」
嫌な予感がする。
「この日のために、仕立てさせましたよウェディングドレス。貴方がもっとも美しくなるように何度もデザイナーと話し合いをしました」
「・・・まさか!!」
「善は急げ。・・・用意が調い次第、結婚式をしますよ」
スタインは朗らかに笑っている。
「私だけの愛しいビリー」
肩を抱き込まれているビリーは絶体絶命の、とんでもなく意味不明な事態に陥っていることを再度確認し意識を手放してしまった。



「・・・ともかく、奴はビリーを狙っていると言うことか」
「はい。こちらで調べてみましたが、決定的ですね」
ところかわって会議室。早朝まで話し合いをした結果、イザーク・スタインについての情報、ビリーへの思いなどを考慮しても十分危険な状態であると判断した。
「早めに解っていたら手の打ちようがあったものの」
「それについては、申し訳ありません。しかし確証がなかったのです」
「スタイン先輩はラケルさんのこと、好きで・・・二人が結婚するときなんてそりゃ見物でした。ただその時は失意のどん底に落とされたみたいですが、徐々に立ち直っていったらしいです。家業のマフィアをついで、そして・・・ビリー君と出会い恋におちてしまったのでしょう。光源氏計画ですね。それでまあ誘拐して、計画を発動させようとしたところビリー君が逃げ出し・・・で、最近若君が愛しいビリー君を拉致監禁してしまったため奪還しようと」
「そんなに強い執着心を持っていたなんてなあ・・・」
「六年前の誘拐事件ではまだどうなっているのかわかっていませんでしたから。私はラケルさんへの執着だと思っていました。シグルドは?」
「いくらなんでもそこまで引きずってはいないと思っていましたが、やはりラケルさんに先輩絡みということで心配していました。・・・末端がやった可能性の方が高いと」
「ところがどっこい。・・・トップの命令か。話を聞いている分にビリーさえ絡まなければなかなか有能な奴なんだな」
「ええ。有能な人ですよ」
それは素直に認めましょう、とシタンが言うとシグルドも頷いた。
「そうですね。できる人です」
「最近の勢力拡大を見ても解るとおりです」
「これから奴が起こしそうな行動ってなんだ?」
「とにかく早めにビリー君を救出しないと、また心身共に衰弱してしまうかもしれません。それに・・・彼はロマンティックな人間ですが、運命の相手と・・・この前は10歳でしたが現在は16歳です。理性が持つかどうか」
「殺してやる!」
「若!!・・・とりあえずビリーの捕らわれている場所、置かれている状況を調べさせています」
「ある程度情報が集まったらどうするか決めるのが良いでしょう」
「ヒュウガ」
「・・・可愛い弟分ですから。それにまだ、泣き顔も見ていませんし手伝います」
「泣き顔ってなんだ泣き顔って」
「いえ、結構素質がありますよ」
「ヒュウガ!!」
ビリーの周りは危険がいっぱいすぎるんじゃないだろうか。
シグルドはそう思ったが口には出さなかった。




「・・・うぅん・・・」
重い目蓋をあけると、白いシーツが見えた。
がばっと起きあがって部屋を見渡す。・・・やっぱり、知らない部屋。ううん・・・知ってる。
イザーク・スタインが自分のために用意した”檻”だ。
可愛いデザインのベッドに寝ている自分。・・・はずかしい!
窓の外を見るともう朝になっていた。・・・光の加減から見て朝の十時くらいかもしれない。
丁度良いくらいに部屋の中の温度が保たれている。・・・夏は暑いはずなのに。
そういえばファティマのお屋敷にいた頃だって冷房が程良くかかっている部屋にずっといたから、夏の焼けるように熱い光をあまり味わえなかった。
ファティマなら散歩にだしてくれたけれども・・・ここだったらどうだろうか。
っていうかなんで僕はまた拉致監禁されているのだろうか。
そういう人種なのだろうか。・・・それは絶対に嫌だ。
部屋にある時計で今は朝の十時半ということを確認する。
「・・・」
きょろきょろと部屋を見る。・・・監視カメラはないみたい。大丈夫だな。
部屋にクローゼットがあったのでその前に立つ。
「・・・」
黒いズボンにシャツ。・・・もうこの組み合わせでいいや。
でもシャワー浴びたいな。
ちゃんと部屋にはシャワールームもあった。
「・・・やだ、慣れてるよ僕・・・」
髪を丹念にふいてもってきた服を着る。・・・やだ。どうしよう。普通に慣れてる。
でもどちらも考えることは同じようだ。
広い部屋。用意されている衣類。バスルーム。
このなかで生活できるようになっている。・・・移動しないように、閉じこめながら最低限の生活ができるように。
「・・・バルト」
最初は監禁されていたのが怖かった。次第に感覚は麻痺していったし、バルトは自分が嫌がることは何もしなかったから・・・だんだんと慣れていって、好きになっていった。
でもあいつは。
「起きたのですか?」
バスルームから出るとスタインが待っていた。
「失礼しました」
バスルームに戻るけれども、背後でがちゃっと扉が開く音がした。
「ああ、湯上がりの貴方は美しい」
「・・・家にかえして・・・!」
「貴方の家がここなのです」
「それは貴方の妄想です」
「貴方のために色々な服を用意しました。貴方に似合うだろうと思って・・・流行の服は嫌いですか?」
スタインは片手に可愛いメイド服、片手に可愛いナースの服を持っていた。
「どこらへんで流行ってるんですか!」
「・・・そうですよね。やはり、メイドやナースは無理ですね。何故なら貴方はスタイン夫人となるのですから・・・」
「あの・・・僕男ですけれども」
「ではやはり、美しいドレスですね!」
「やめてー!いやー!!」
ビリーはビリーで危機に陥っている。



「・・・ともかく、早めに連れ戻さないと・・・あの人なら準備が整い次第結婚式なんて離れ業ぶちかますと思いますよ」
「・・・それは流石にないだろ」
「だってあのスタイン先輩ですよ?」
「おのれスタイン!」
バルトが打倒スタインに燃えている後でシグルドはビリーに心の底から同情していた。
わけのわからないことに巻き込まれてあの子は泣いているんじゃないだろうか。
実際ビリーは心の中で泣いているのでシグルドの想像は正しい。
「まああの人はロマンティストですから・・・結婚式さえあげなければまだビリー君は無事です」
「・・・結婚式をあげてしまえば・・・」
「ええ。暴走すると思います」
「しかし、スタイン先輩にとってはビリーは待ちわびた運命の恋人というわけなのだろう?」
「そういうことになります」
「・・・ではファティマ家に拉致監禁されていたビリーを”奪還”して・・・」
「そこが微妙ですね。若君に何かされていたかもしれない、とあちらは思っているでしょう」
「まあ救出を早くするに越したことはない」
「そういうことです」
「ああ、ビリー!俺が助けに行くまでまっていてくれ!・・・ってことで、作戦会議だ。まず集まってきた資料によると、あいつらがアジトにしているビルの周りは結構警備が厳しいな」
「おまけにあっちは人口密度の高いところにアジトがありますからね」
迂闊に焦土にできないな、というバルトの言葉にシタンは溜息をついてシグルドを見た。
「・・・シグルド」
「ああ、解っている。私の教育法はまちがっている・・・」
「いえ、パーフェクトです。マフィアはそうじゃなくちゃ」
「こら待て国家権力!」
「そうですよ。焦土。良い響きですね」
「やめろ!」
ビリーは無事だろうか。
理解不能な出来事に意識を失ったりしていないだろうか。
女装させられていたりしないだろうか。
遊園地デートなんかさせられていないだろうか。
五円玉で洗脳のまねごとをされていないだろうか。
・・・理解不能な出来事に意識を失ったりしていないだろうか。
シグルドはどれもあてはまっていそうでビリーがあまりにも可哀想に思って。
静かにビリーの無事を祈った。

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