Prison
「・・・」
ふりふりのシャツに、首元には自分の目の色にあわせたという水色の手触りの良い高そうなリボン。
ズボンなんかホットパンツと見まごうばかりの短さの、リボンと同じような色のもの。
「・・・」
なんでこんな服を僕は着ているのだろう。
ビリーは自分の姿を見下ろして気絶しそうになった。
昨日は普通に一日が終わった。
ブランチが運ばれてきて、夜にはディナーが運ばれてきて。
ディナーは野菜カレーだったけれども、ごはんの形がハート形をしていたのは何かの意図があるのだろうか。あるにちがいないけれども、ないと信じよう。うん。・・・割り切れない。
そして今日目が覚めて、朝にシャワーを浴びていたら・・・クローゼットにこんな服しか残されていなかった。
バルトは自分の好きなように服を選ばせてくれた。
勿論こういうとんでもない服があってそれを見つけたとき絶句したというのはあるけれども。
自分の意志で着なければ、強制的に着せられることもなかった。
だけれども・・・。
先ほどリボンは首にまかれてしまった。
見たことのない男だったけれども「これは命令なので・・・!」としきりに恐縮していた。
されるがままになってしまった。
「・・・かえりたい」
ビリーはそういって溜息をついた。



「ビリー」
「・・・」
ベッドの端に座ってこれからどうしようか、脱出経路は・・・いやでもきっと・・・と無駄とは知りながら脱出計画を立てていたときスタインが部屋に入ってきていた。
「やはり私の目に狂いはありません。とてもよく似合っていますよ」
「いやです、僕はこんな服やです!」
「・・・そうですか・・・」
「なんで、こんな、ふりふり・・・!」
「そういうふりふりならスカートの方がいいのですね」
「違います!とにかく、もうここにいるのはいやです!」
「私の部屋がいいのですか。いいですよ」
「違います!」
どうしよう。
話が通じないしなんなんだあのプラス思考は!
・・・マフィアってみんなこうなのだろうか。
というかマフィアにもててどうするんだろう、僕。
「貴方は本当に美しくなった。天使のような笑顔で微笑んでいた君を見たとき、私は恋に落ちました。そう、あの夕焼けの公園。・・・最初は貴方の存在を憎んでいた」
「・・・え?」
「私は貴方の母親、ラケル・ベネトナーシュに恋をしていたのです。でも・・・あの男、ジェサイアにとられてしまった・・・」
「かあさん?」
「そうですよ。ジェサイアとラケルの子供。・・・憎みました。学業でも、恋でもやぶれるだなんて・・・」
そんなの初耳だ。
・・・そんな人間関係があっただなんて。
「ですから・・・私は君を誘拐して、あいつらを悲しませてやろうと思いましたが何の疑いもなく私に微笑む貴方を見て、恋におちました。こんな純真無垢ないたいけな子供がこの世界にいるだなんて」
「・・・」
「私が世の中の全てから、世の中の全ての汚れから君を守らなければならない。だから私はビリー、貴方を誘拐したのです」
「あの、ぜんぜん意味が解りません」
「そうですね。好きになる理由なんてうまく説明できませんね」
「・・・じゃ、なくて!」
「わかっていますよビリー。お互い離れていた時間が長すぎる・・・」
どうしよう。
話が通じないよ。
っていうかこの人バルトよりも更に重症だ!
・・・いや、この人と比べたらバルトが可哀想かな。
バルト。
彼のことを思い出すと、胸がつきんと痛む。
「ああ、そうですか。貴方も哀しかったですか。あんなファティマの坊やにさらわれてさぞかし辛かったでしょう」
「・・・あの」
「・・・六年、ですよ。私は貴方のことばかり思い浮かべていた。・・・可愛らしい貴方、綺麗な貴方・・・世界で一番愛しい存在」
世界妄想力コンテストがあればスタインはぶっちぎりで世界王者になれるだろう。
「もう、我慢できません」
「・・・あっ!?」
ベッドの端に座っていたためビリーは簡単に隣りに座っていたスタインに押し倒されてしまった。
柔らかすぎるスプリング。
背中がスプリングに押し戻される。
手首がベッドに縫いつけられているように押されていて、スタインがゆっくりと自分の顔を覗き込んだ。
「本当に・・・貴方は美しいですね」
「・・・!」
暴れても体格の差は歴然だ。
どうしよう、このまま・・・このまま変態に犯される!
「早く貴方を私のものにしたい・・・ああ、ビリー。六年ですよ?」
「離してください!」
「あまりにも長すぎる。私達が離れてからの時間が長すぎるのです・・・ビリー」
「やだ!」
首筋に口づけが落とされる。
その感触に背筋が寒くなる。
「・・・」
スタインはビリーの姿を見下ろしていた。
華奢な体、こうして手首を押さえつけていても自分を跳ね返すことすらできない。眩しい太股。素敵な太股。ありがとう、太股。
シャツがずりあがってしまっておへそが見えている。
神よ、このような素晴らしい光景を見ることができて私はとても幸せです。
ありがとう。
「・・・やはり、バージンロードはバージンでわたらないといけませんね。おお、私としたことが!」
スタインはビリーの手を離し、ビリーはその隙にずささささっとベッドの上を後退した。
「貴方もそれがいいですよね?・・・そうだ。交換日記です。書いてくださいね」
それでは、とスタインが出ていった。
こ・・・こうかんにっき・・・?
完全に理解の範疇を越えている。
おそるおそるビリーはスタインの残していった交換日記を見てみた。
「・・・」
死ぬ。
その内容はビリーの精神が耐えられそうにないものだった。
そこには華やかな世界が存在し、煌びやかなものが舞っていて・・・うまく言葉に形容できない。
ビリーはぱたんと交換日記を閉じた後、ゆっくりと瞳を伏せて精神統一を行おうとするがうまくいかない。
どうしよう、夢に見てしまう。
交換日記の夢を見てしまう。
・・・でもかえさないと、何かやられそうだし。
かといってあれは・・・!
そんな・・・起きているときも理解不能なことばかり起こるのに、眠っているときもそういう夢に悩まされるのだろうか?
僕に安息はあるのだろうか?
・・・ああ、料理つくりたいな。最近全然作ってないな。
無性にタマネギを炒めたい。弱火でじっくり炒めたい。色がつくまで炒めたい。
その後はどうしようか。
オニオングラタンスープは冬に飲みものだし、夏に飲みたくない。カレーにいれようか。美味しいだろうなあ。夏と言えばトマトのカレーが美味しい。
・・・野菜のカレーは出されたけれども、やっぱり自分で作るカレーが一番だな。
そういえば調理の宿題やってない。どうしよう・・・。
ビリーは目を開いた。
そして、哀しい現実を目撃する。
スタインの邸宅に捕らわれている自分という現実。
そっと、ビリーは呟いた。
「・・・助けて・・・」



「ちゃんと準備は整っているでしょうね?」
「はい」
「もうビリーとの交換日記に結婚式の日をのせているのですから」
「ファティマからの妨害があると思いますがそれにむけての警備は万全です」
「花嫁を、私の愛しい花嫁を攫うだなんて不届きものはこの世から消しなさい」
私だけのビリー・・・。
とスタインは脳内で花嫁姿のビリー、だぶだぶのシャツを着ているビリー、メイドの服を着ているビリー、泡風呂に入っているビリー、うさぎなビリー・・・様々なビリーを思い浮かべて妄想に浸っているが顔は真面目な表情をしている。
「解りましたね」
「はっ!!」
この日をどんなに待ち望んだだろう。
それにしても太股は良い物だ。
スタインは自分の執務室に入って既に立ち上げていた端末のディスプレイを見る。
しっかりとビリーの部屋が映っている。ちなみに彼は自称紳士なのでバスルームをのぞく真似はしない。
ビリーのベッドに腰掛けて本を読んでいる姿を見た後、ウィンドウを立ち上げる。
そこにはチャペルがうつっていた。
硝子ばりの近代的なチャペルは、ここから海を隔てたリゾート地にある。
かなり人気のあるチャペルで近代的な感じと、ここの雰囲気を気に入って結婚するならここであげようと決めていた。
「・・・ああ、ビリー」



ファティマの方で対策を練っているが、ビリーの方でも対策を練っている。
「・・・バルト、助けに来てくれるかな」
かなり大事になってしまった。・・・もしかしたら、僕から手を引いた方が損害はないし・・・。
諦めているかも知れない。
「・・・」
いやな気持ち。
ビリーはまた今日も自分の姿を見下ろしてみた。
今日は魔法少年だった。
「・・・」
最悪だ。
ビリーは枕に顔を沈める。
・・・なんだか最近短いズボンばっかりのような気がする。自分に自由意志はないのだろうか。
こういうデザインに凝りまくったものはえてしてだらだらしにくい。
これもそうだ。
型がびしっと決まっていれば決まっているほど拘束する度合いが強くなる。
それに・・・可愛らしい魔法少年風の服をなんで16歳になって着なくてはならないのだろうか。むしろ魔法少年ってなんなんだ。スタインの趣味なんだろうか。
そうなんだろう。
・・・寝間着も趣味かなにかわからないが、やっぱり短パンだし。
シルクの肌触りの良い、光沢のある白の寝間着。
普通の寝間着で十分なのに。
とりあえず暇つぶしに与えられた本を読むけれども、全然頭に入ってこない。
今日の朝食はフレンチトーストに紅茶、ヨーグルト。お昼はオムライス。・・・夕食は何だろう。今日は午後の紅茶があるだろうか。
筆記用具も与えられているため、暇なビリーはメニューの内容を書いていた。
予測してみよう。
ここでもやっぱり洋風のものがでるから・・・夜は何だろう?
牛だったら・・・中華も食べたいなあ。意外と煮込みハンバーグだったりするんだろうか。でもそれより中華が食べたいなあ。
魚だったら・・・中華食べたい。じゃなくて。・・・うーん、ムニエルかな?アクアパッツァとかもいいな。
他には何があるだろう。うーん。中華?
ビリーは心を閉ざした上でスタインとの交換日記に何か書き始めた。
”中華料理が食べたいです”
そして書き終わってしまうと、すぐに人がやってきた。
「ビリー様。何かご用はありますか?」
「・・・お水が欲しいです」
「お水でよろしいですか?」
「・・・レモネード、飲みたいんですけれども・・・」
「解りました!・・・では!!」
さりげなく交換日記もっていった。・・・どこかで、どこかで自分の行動見られている!
きょろきょろとあたりを探るけれども、自分に見つけられるものなのだろうか。・・・あっちは多分プロだし・・・。どこにあるのか皆目検討も付かない。
目のつく場所には・・・ないし。
・・・お風呂は可能性がない。昨日風呂場で油断していて転んだけれども、誰も来なかったし。来たら僕はどうしていただろう・・・。
そんなことを考えていたら、扉がノックされた。
「レモネードでございます。ご用がありましたらベルを鳴らしてください」
「はい」
レモネードが運ばれてきたので飲む。
どうあってもここから逃げ出すのは不可能だ。
・・・機会を見て脱出するしかない。
レモネードは檸檬の味が強くて美味しかった。



「ビリー、ああ、なんて可愛いのでしょう!貴方の魔法で私は恋におちてしまいましたよ・・・」
助けて。
ビリーは心の中、また救助を求めていた。
夕食の中華料理を食べ終えた後食後のジャスミンティーを一人で飲んでいたときスタインがやってきた。
「ビリー。喜んでください」
「なんですか?」
「・・・ついに結婚する日が決まりました」
「誰と誰が、ですか?」
「私と貴方が」
嘘だよ。嘘だよ。ぜぇったい嘘だよ。
ありえないよ。
「ふふ・・・ようやく貴方はビリー・リー・スタインとなるのですよ・・・!」
「え、ちょ、ちょっ!!」
「ああ、貴方も喜んでくれましたか。私はとても嬉しい。そして貴方を永遠に愛すると誓います。まあ誓うまでもなく貴方は私の天使であり、世界であり、愛そのものなのですから。おお、ビリー・・・!」
「いやぁ!!」
「喜んでいただけてなによりです」
何処をどう見れば今の反応を喜んでいると取れるのだろうか。
「そうそう・・・いまからドレスを運びますから」
スタインの手が離れたと同時にビリーはずささささっといつものようにベッドの上を後退した。
「ど、ドレス?」
「ええ。貴方のウェディングドレスですが」
「だから、僕は男です!」
「私は貴方のウェディング姿をいつでも想像していました。きっとこの世のものとは思えないほど美しいのでしょう・・・そのことを起きている間中ずっと考えていたことがあります」
飽きないのだろうか。
「・・・きましたね」
「・・・!!」
運ばれてきたウェディングドレスは見事なモノだった。
中にペチコートが入っていて、現在主流のプラスチックの別につけるペチコートの広がりとは違い自然な広がりをえがけるものだ。
白いウェディングドレスはプリンセスラインの愛らしく同時に美しいデザインのものだった。
首周りはビスチェ風なのでシンプルだがその分ネックレスやチョーカーなどで装飾するのだろう。
ふわりと優美なラインを描くスカートの部分は見事なものだった。バロック真珠のような黄色を帯びたビーズで飾られていて、遠くから見てもその美しい装飾がわかるし、近くにいってもそれが嫌味には見えない。
ビーズだけではなく、それを引き立たせるための色々な工夫も職人芸だ。
真っ白の青みがかったものではなく、暖色が少し混ざったその色。
ビリーの白い肌をより引き立ててくれるだろう。
ビリーは真っ白になっていた。
「こちらがヒールです」
ハイヒールは女の人のもので・・・。
「これがティアラ、これがネックレス、これが耳飾り、これがヴェール」
一式全部揃っている。
え・・・うそ。
あの、僕・・・男ですけど。
「それでは私はもういくので、寸法だけはかってもらってください」
ウェディングドレスを持ってきた女性はにこりとビリーに微笑んだ。
「え・・・あの、その・・・僕男ですけれども」
「詰め物をしますから、大丈夫です」
「そ、そ、そういうことじゃ・・・なくて・・・!」
「安心してください!」



そしてついに運命の日がやってきた。
「このたび私イザーク・スタインとビリー・リー・ブランシェは結婚することになりました。つきましては・・・ふざけんなー!!」
ファティマ家にバルトの大きな声が響いた。
ビリーが監禁されている場所などがわかり、そろそろ奪還作戦の準備をしようと言うときにそんなふざけた手紙が届いた。
「・・・あの人本当にやるつもりですね」
「なんていうことに・・・ビリーは大丈夫だろうか」
きっと、理解不能な展開に意識を飛ばしているに違いない。
「この手紙によると、この島らしいです」
「ここのチャペルは最近世界的に有名だとか」
「よく知っていますね。・・・にしても、近代的な建築ですが、モダニズムを全面に主張しているわけではなく・・・なかなかうまい構造ですね。いやはや、美しい」
「そんなもん誉めてる暇ねぇって!・・・ビリーを助けに行かないと!」
「今準備させます」
慌ただしく動いている。
拉致監禁してでも、側にいたかった。
確かに自分の取った行動はとてもビリーにとっては理不尽なことだっただろう。
でも気が気じゃなかった。いつまでもあんなところにおいといたら、ビリーがとられてると思っていた。
・・・幼馴染み。
自分に微笑んでくれた時のこと。
初めての、恋。・・・そして別れ。
だからもう絶対離さないと決めた。
思いたったら即実行。
部屋を用意させ、服のサイズを調査し、それでも個々の趣味が解らなかったからとりあえず主要ブランドの服をジャンルずつ集めてクローゼットに詰めたし。
髪質を考慮してシャンプー選びもしたし。
更に入浴剤も何種類か集めたし。
そして誘拐して拉致監禁した。
・・・手段はもしかしたら間違っていたかも知れないけれども、結果がよかったからいいじゃないか。
そういうバルトに反省という気持ちはないのだろうか。
「あいつは俺のもんなんだ!誰が他のにやるか!!」



「・・・」
「お美しいですよ」
なに・・・なに、この展開。
無理矢理スタインの自家用ジェットに詰め込まれて連れてこられたのはリゾート地のチャペル。
紅茶をふーっと飲んでいたら突然スタインが現れて「いきましょう」といって抱き上げられた。
突然のことに吃驚して、ろくに抵抗できずに長いリムジンにのせられて・・・。
あんなに長いリムジンって本当にあったんだなあ、道角をまがれるんだなあ・・・と現実逃避をしながら考えていた。
高そうなシャンパンを出されたけれども飲めなかった。
小型飛行機に押し込められてからもシャンパンが出されたけれども飲めなかった。
そして先ほど「どうぞ」といって差し出されたブルケッタを少し食べて・・・ウェディングドレスを着せられた。
そして、なんで自分は今化粧されているんだろう。あまりの展開についていけずに自分は何度か気絶していたらしく記憶がとぎれとぎれだ。
女の人が自分の顔に化粧をしていて、自分の顔を見るための鏡をくれた。
「・・・!!」
頬紅を塗られほんのりと赤みを帯びた頬に、艶やかに輝く唇。
だ、誰の顔だ!・・・母さん?
でも母さん目、水色じゃないし・・・髪も長いし。
あれ、僕?
「・・・帰らせてください」
「ああ、ビリーなんて美しい!」
「いやぁ!!」
帰ろうとドレスをつかんで帰ろうとしたらスタインに出くわしてしまった。
ビリーのために仕立てられたウェディングドレスは重い。ペチコートが内蔵型なのでその分の重みもあるだろうが、普通に布の重みもある。
おまけにビリーはドレスなんか着たことはなかった。
どうやって動いて良いのか解らないし、ドレスは絶対高いし・・・。
そういうことでウェディングドレスはビリーの拘束具と化していた。
スタインの見立て通りというか、デザイナーの見立て通りビリーにドレスはよく似合っていた。
この前の試着よりもずっと綺麗なシルエットになったし、色々と装飾も増えているだろう。
高そうなダイヤモンドみたいなネックレスに、高そうな耳飾り、高そうなティアラ、高そうなヴェール。
高そう。
汚したら、弁償。
死。
そんな方程式がビリーの頭の中を渦巻いていた。
「ようやく私達は結ばれるのですよ、ビリー」
「かえらせてください!」
「私の胸にですか?」
「どうして、どうして同じ言語を喋っているはずなのにこんなに会話が食い違っているのだろう・・・!!」
「安心してください」
泣き出しそうなビリーを見てスタインは優しくビリーを抱き寄せた。
「・・・幸せにしますから」
ちがう・・・!かみあわない・・・!!
「たすけて・・・」
「さあ、妨害が来ないうちに神の前で誓いを立てましょう?」
それをたててしまったら終わりだ。
・・・きっと法律的にもすぐに入籍することになるだろうし、これから閉じこめられることになるだろう。
すんごい嫌だ。
「・・・たすけて、バルト・・・」
「!あのファティマの坊やに助けを求めるというのですか!・・・私の嫉妬心をくすぐっているのですね。解りました。予定を繰り上げて結婚式をはやく始めましょう」
「・・・え?」
墓穴、ほっちゃった?
・・・あれ?
断頭台が近づいた?
ビリーが気付いたとき、目の前には深紅のヴァージンロードが広がっていた。



「・・・」
ビリーは真っ白な顔を更に真っ白にさせていた。
今が聖書のどの辺なのかわからないけれども、一時間もしないうちに自分は誓いをたててしまうことになる。
逃げようとしても、後にはスタインの部下の・・・マフィアがたくさんいる。逃げられない。
反抗的な立場をとって酷い目にあわされるのもいやだし。どうせまた五円玉洗脳とかもやらされるんだろう。
ぼく・・・もうおしまいなのだろうか。
「・・・ちかいますか?」
え?
「誓います」
ええ!
いつのまにそんなところまで進んでいたんだ!
式の進行は思ったよりも早くてビリーは吃驚した。どうしよう、どうしようこれじゃあ・・・!!
「・・・貴方はイザーク・スタインを将来の伴侶として、最愛の男として誓いますか?」
なんか微妙に誓いの言葉がおかしい。
ビリーはしらずしらずのうちに涙を流していた。
・・・それは、とても美しい光景に見えた。
「・・・ちかい、ますか?」



「俺とちかうんだー!!」
「・・・バルト!?」
ヴァージンロードを駆け抜けて、バルトがやってきた。
「一体どうやって・・・!」
「このスタイン!てめぇなんぞにビリーを渡すか!!」
自分を拉致監禁した男二人にはさまれたビリーは突然の事態に目を白黒させていた。
「い、いったい・・・?」
「潜水艦で接舷して敵の目を引いているうちに、強襲揚陸挺であがってきた」
「ねえ、潜水艦ってなに」
「俺の趣味」
なんだよ、趣味ってなんだよ!!
と思いながらもビリーはバルトに抱きついた。
「遅い!」
「・・・焦らすのもいいだろう?」
「この・・・お前はファティマの!」
「ビリーは俺のだ!」
「いいえ、私のです!宇宙が生まれる前から決まっていました!」
「貴方は子供ですか!」
「とにかく、永遠の誓いなんざお前には誓わせられるか!」
「・・・バルト」
滅茶苦茶な状況だけれども自分を守るように抱きしめているバルトの力強さと、その声音にほだされて・・・意味不明な世界に迷い込んでいたビリーは安堵の溜息をついた。
「賊が・・・お前ら、こいつを逃がすんじゃないですよ!」
「ど、どうするの!!」
「花嫁はさらってく」
ひょいっとビリーのドレスごと抱き上げてバルトは祭壇にのぼった。
「ビリー、目閉じろよ」
「ん?・・・う、うん」
祭壇の上におろされて、大人しく目を閉じた。
「・・・な、なにをしたー!」
「なにって、誓いの口づけ」
「・・・ああなんてことを!神聖で永遠に語り継がれるであろう私とビリーの結婚式を汚しただなんて!誰が生かしておけるか!」
こんな大勢の人の前でキスするだなんて。
ビリーははらはらと泣き始めてしまった。
花嫁の涙は理由はどうあれとても美しかった。
「そんじゃそーゆーことで!」
「さて、相手をいたしますよ」
チャペルの入り口付近にはシタンが現れていた。そのうしろにはバルトの信頼している部下達が控えている。
「いくぞ。目を閉じてろ」
閃光があたりを包み込んだ。



「誰がお前を他の奴に渡すと思うんだよ。お前を閉じこめてまで自分のにしようとしたんだぜ?」
「・・・」
「なにないてんだよ」
「あんな大勢の人の前で、き、キスしただなんて」
「・・・そんなことで怒ってたのか?」
「そんなことじゃない!!」
「あばれんなって」
「うるさい!」
「それにしても、美人な花嫁さんだ」
「・・・みるな!」
気付いたら島の道を走っていた。このままこの道は港に通じているのだろう。
ビリーはバルトに懸命に捕まっていた。
「・・・たすけにきてくれたんだね」
「当たり前だろ?」
「だって、こんな面倒事になってまで僕を・・・」
「じゃあさ、何回キスすればわかるかな」
「え?」
「俺が、ビリーのこともんのすごい好きだってこと」
「・・・わかってるよ。さっきので。わかったよ」
君が助けに来てくれて、とても嬉しかったんだから。
「・・・ビリー」
「今は、逃げよう」
「ああ」
「・・・僕をさらって」
「まかせとけ」



そして、一週間後。
無事逃げ出せたビリーは現在、ファティマ家の所有している別荘にいた。
スタインは再起不能状態に陥ったらしいと言うことをシタンづてで聞き、シタンはビリーを弄んだ後職務に戻っていった。バルトとのことはどうやって親に話すのだろうか。それがビリーの一番の気がかりだった。
「おーい、ビリー」
高級リゾート地にある、ファティマの別荘はそれは美しいものだった。
窓を開け放てば青い海が一望できる。
「なんだよ」
「これでいいか?」
「ああ、ありがとう」
ほとぼりが冷めるまで、と保護してもらうため・・・と一緒にいたいから。ということでビリーはバルトの側に最近はずっといた。
とりあえず終わっていない調理の宿題を終わらせるためにバルトに食材を買いに行かせていたビリーは買ってきてもらった食材を見て「ありがとう」と言って冷蔵庫につっこみはじめた。
「な。あれ着てくれ」
「やだったら!!」
バルトが指差す先にはあのウェディングドレスが飾られている。
海の青を際だたせるため別荘の壁は白かった。そんな白い壁を背景に美しく鎮座しているウェディングドレス。
「ダイヤモンドのネックレスも、耳飾りも、ヴェールも、手袋も、全部かっぱらってきたし」
「・・・ねえ、これ、すごくたかいよね?」
「ああ。すんごいたかい」
「・・・いいのかな、盗んできて」
「いいだろ。別に」
いいのだろうか。
力一杯断言されると解らなくなる。
・・・自分は静かに混乱しているのだろう。
「ねえ、そろそろ散歩したい」
「駄目だ。まだどこに魔の手がひそんでいるのかわからない。早く掃討しなければ・・・」
「おい、掃討ってなんなんだよ!」
「お前が可愛いからわるいんだ!」
「変な責任転換しないでよ!!」
ぎゅうぎゅう抱きしめられる。
まったく、なんでこんな奴のこと、好きになっちゃったんだろうって思う。
本当に。
・・・でも仕方ないか。
好きになっちゃったんだから。
「解った。じゃ、条件」
「なんなんだよ」
「・・・俺とデートすること」
「しっかたないね」
「自転車もあるしさ」
「自転車?」
「ああ。丘の上にのぼって、海が綺麗に見える場所があって・・・あんま人いないんだ」
そこまでいったら。



「キスしよう」

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梅田キリエ様から頂きました。不幸の星の下に生まれた庶民なビリーと、思い込んだら一直線、唯我独尊な若が大好きです…!
相変わらずいい味出してる先生と変態まっしぐらなスタインさんも素敵です。
梅田様、ありがとうございました!