Prison
「・・・じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃいませ」
散歩も護衛の必要がなくなったビリーは午前は読書をし、午後は散歩することにしていた。・・・といっても、そんなに長い間散歩ができるわけはない。
でもやっぱり動かさないと体が鈍る。
それに・・・外の空気は気持ちいいから。
「・・・なにか他の暇つぶしも見つけないと」
階段を降りて中庭に行く。
かわらない風景だけれども、空の模様は刻一刻と変わっていく。
風の感触だって外に出なければ解らない。
「・・・はあ」
このままあいつの想いにこたえたら・・・や、やめやめ!
・・・わ、わけわからないよ・・・もう。
自分の恋心に気付いてしまったビリーはああでもない、こうでもない、腎臓・・・!と苦悩の日々を送っていた。
大体これが恋心なのかもわからない。
・・・なんなんだよ、もう。
どうして拉致監禁してきた相手のことを。
好きになれるんだ自分!
そしてぐるぐる悩んではかぶりを振る。
「・・・でも、いつまでもこのままじゃだめだよね」
学校が始まる前に決着を出したい。そういえばそろそろ夏休みの間の登校日にもなるし・・・。うん。
携帯だって手元にないし、皆に心配されていたらどうしよう。
・・・どうしよう。
ここ、本当に出ていきたいのだろうか?
ちがう!拉致監禁の状態が既に間違っている!
「・・・聞き出して、決めないと」
ビリーは決意を固めた。
「あれ・・・あっちの方、騒がしいな。・・・なにかあったのかな」
どうやら門の方が騒がしいらしい。・・・下手なことに触れたくないのでビリーはもう少し中庭にいることにした。
「・・・今日も青空が綺麗だなあ」



もうそろそろ中庭にいるのも退屈になったのでビリーは自分の部屋に戻ろうと廊下を歩いていた。
・・・この部屋に誰かいるんだろうな。話し声がする。
近くの部屋から声が聞こえていて、なんとなくそう思った。
次の瞬間聞き慣れた声が、大きな声をださなければそのまま通りすぎていっただろう。
”だから!!”
・・・バルトの声だ。
廊下に誰も人はいないし・・・なによりも・・・気になった。
ビリーはきょろきょろと誰も居ないことを確かめ、ドアに耳を当てた。
”だからといって少年を拉致監禁するなど”
・・・あ、怒られてる。
っていうかやっと誰か制止してくれたのか。
”おまけに・・・ビリー・リー・ブランシェ?”
え・・・誰この人。
僕のこと知ってるの?
え、え、まさか僕有名人だったり・・・するわけないか。
”なんていって閉じこめたかと思えば一目惚れであのままおいとけば誰かに取られるかもしれないって・・・若・・・”
”うるせえ”
”恥ずかしがり屋にも程があります。っていうか・・・貴方は本当に”
恥ずかしがり屋ってなに?
え?
これ以上に恥ずかしいことってあるんだろうか。
”俺達の業界じゃ恥ずかしい事じゃないだろ!”
”人として恥ずかしいです!・・・そりゃまあ、そういう人もいますけど”
”・・・”
”だからといって、幼馴染みが自分を覚えていなかったのにがっかりして・・・だから、思い出して貰うためだけの拉致監禁して貴方はもう”
幼馴染み??
え・・・?・・・えええ?
僕と、バルトが?
”だってあいつ俺のことぜんっぜん覚えてなくて・・・”
じゃ、じゃあ僕のこと好きっていうの・・・本当の理由を隠すために?
え?
この業界じゃ普通だから?
”だからといって拉致監禁したら駄目でしょう”
”・・・それは、そうだけど”
・・・じゃ、まってよ。
ビリーはふらふらと扉から離れた。
君が、僕のこと好きって言ったこと。
あの真剣な表情も目も、全部演技で・・・。
”・・・ら・・・とうに・・・”
”・・・しか・・・か・・・”
だ・・・まされてたんだ。
そうだよね・・・なんだかマフィアの中でも偉い人みたいだし、自分の意に添わない人間を選ぶなんて事ないし・・・いっぱい、素敵な人も寄ってくるだろうし。
真剣な目に、演技に、ほだされて。
好きになっちゃった僕って・・・道化だなあ。
普通に考えたら、おかしいよ。
うん。
幼馴染み、思い出させるために拉致監禁してさ・・・本当の理由はずかしいから好きだったってことにして監禁して・・・でも、相手が好きだってこと真に受けて・・・でも相手は自分のこと幼馴染みとして思っていて。
ばっかじゃないの?
どっちも馬鹿だけど、僕の方が・・・!
・・・すき、だったのに!
「ビリー様、こちらにいましたか。・・・ビリー様?」
大きな目を見開いて、ビリーは吃驚した後・・・逃げてしまった。
「ビリー様!どうなされましたか!!奴がいたのですかあの黒光りするGが!!」
ビリーは逃げる。
「まってください!貴方を泣かせる奴は俺が仕留めますから泣かないでください!!ちゃんとミサイルで・・・!!」
「お、おいどうしたんだ!」
「あ、若!ビリー様が泣いて逃げてしまって・・・きっと廊下にGがいたと思うんです!おのれ・・・こんなところにも・・・あの血の七夕を忘れたというのか。またG帝国との会戦が開かれるというのか・・・!!」
「ラトリーン、お前・・・どうしたんだよ・・・」
ラトリーンがおかしい。
どうしたんだろう、一体。
「それよりビリーが・・・なんだって?」
まさか、今の会話聞かれていたのだろうか。
・・・でもなんで泣くんだろ。やっぱりGがいたからだろうか。
「若」
「・・・シグ」
「今すぐ追いかけてらっしゃい。私の想像が正しければ、貴方は行って真相と自分の想いを全部話さないといけません」
「ええ?」
「じゃないと、とりますよ。・・・寝取りますよ」
「だ、だめだ!!」
シグルドは秀麗な顔をにっこりと微笑ませてとんでもないことを言った。
普段冗談を言わない男の言葉が恐ろしく、そしてその言葉の真実味がとんでもない。
バルトは一瞬にして青ざめた。
「だから、とるな!!」



「・・・僕の名前は、ビリー」
そういって微笑んだ少年は痩せていた。
まだ瞳の中に不安と、不審・・・なによりも恐怖が残っていたけれども微笑んでくれた。
「シグ兄ちゃん」
「若と仲良くしてくれ」
そういって、ビリーは・・・こくりと頷いた。
思えばあの笑顔で、既に惚れてたのかもしれない。
あれは今から六年前。
その時の出来事だった。
「ビリー!」
ビリーの逃げ場所は与えられた部屋しかなくて、バルトの声を聞いてビリーはびくっとした。
泣きはしなかったけれども、目が赤くなっているし、目が潤んでいるし。
ビリーは奥歯を噛みしめた。
今声を出したらきっと、無様なほど揺れているだろうから。
「・・・ビリー」
「来ないでよ!」
さっぱり、理由が解らない。
「・・・なんで、そんなに・・・なってんだ?」
「知らない!」
「・・・さっきの、聞いたのか?」
「・・・な、何のこと?」
「どうせ馬鹿だと思ってるんだろ。俺とお前が幼馴染みで、お前がこの前あったとき俺のこと覚えてなかったのに俺が超絶望して・・・だからここに監禁したって」
「・・・おさな・・・なじみ」
「そうだよ。・・・幼馴染みっていうか・・・うん」
「ばっかじゃない?」
もう、終わりに、しなきゃ。
この茶番劇。
ビリーは声が震えるのを押さえるように拳を握った。
「幼馴染みだってこと思い出させるために・・・その相手に恋をしたって拉致監禁して、どっちの方が恥ずかしいと思ってるんだよ!」
「そっちの方がこっちの世界では普通に近い!」
ビリーは・・・奥歯を噛みしめた。
声が震えないように。
「なに・・・ないてんだよ」
「泣いてない!」
「だって、泣きそうじゃん」
「まだ泣いてないじゃないか!」
「じゃあなんで泣きそうになってるんだ?」
「・・・っ」
「・・・なあ。・・・そんな顔されると、苦しいよ」
「僕が幼馴染みだからって同情してくれるの?」
「・・・ああ」
ほらね、ほらね・・・。
そうだったじゃない。
勝手に舞い上がってさ・・・こんな良い話何処にころがってるっていうんだろう。・・・ああ。
「お前のこと、大好きだから」
「・・・やめてよ。好きでもない相手のこと、大好きだなんて」
「好きだから、仕方ない」
「なんだよ!友達に対して好きとか・・・」
「友達じゃない。恋人だ!!」
「・・・はぁ?君、友達のこと全員恋人だと思ってるの?」
ああ、まさか。
そんな嬉しいことになっていたのだろうか。
ようやくバルトはビリーがなんで泣きそうになっているか解った。
もしこの憶測が正しければ。
「・・・俺、初恋の相手だったんだ。お前」
「え?」
「・・・あの時、肩ぶつかって・・・お前見て。あ、ビリーじゃんって・・・。だのにお前俺が誰だか思い出せずさ。・・・で、やっぱり初恋は継続中だと思ったっていうかまた恋に落ちたっていうか。幼馴染みのこと思い出してほしかったけど、あのままあそこにおいといたらお前誰かに盗られそうだったから!」
「・・・え?」
「だから、お前が好きなんだって!・・・その上で幼馴染みとして思い出してほしかったんだ」
ビリーの肩を掴んで目を見つめる。
ビリーはいつのも癖で後退したが、そこは壁。
逃げられない。
「ぜんぶ、どっちも、ホントウ」
「・・・」
「・・・だから、さっさと、俺の事好きっていえ」
な、なんだよ。
ビリーは言葉を返せなかった。
・・・いいの?
本当に。
「だって・・・僕、君が想うほど、魅力的なのかな」
「お前は自分の魅力をもう少し考えろ!」
「でも・・・君、とても格好良いんだもの。どうしてこんな人、僕のこと好きなんだろうって」
「ばっ!・・・お前は俺の理性を死滅させたいのか!!」
ビリーはきょとんとしている。
「だ、だって・・・」
「はっきりしてくれ。・・・お前、俺のこと・・・す・・・」
「すき・・・だよ。わけわからないよ。拉致監禁した相手のこと好きだなんてほんっとうにわけわからないけど!・・・君のこと・・・まだ、思い出せないけど・・・す・・・すき、みたい」
「・・・」
「・・・好き・・・みたい」



その時こんこん、とノックの音がした。
ビリーはばっとバルトから離れる。
「入るよ、ビリー」
「!!・・・シグ兄ちゃん!!」
「私のことは覚えていてくれたんだね。・・・大きくなったね。若が君を誘拐して拉致監禁したのを聞いたときは吃驚したよ」
バルトは幸せを噛みしめた後、自分のこと思い出さなかったビリーがシグルドに満面の笑みでかけていって抱きついて、シグルドがそんなビリーをなでなでしていて。
・・・なんだ、このやり場のなさは。
「シグ兄ちゃんだ・・・」
「突然いなくなって、すまなかったな」
「・・・でも、何度か、会いに来てくれた・・・よね?」
「そうだな」
「・・・マフィア・・・してるんだ」
「家業がね、マフィアだったんだ」
「・・・シグ兄ちゃん・・・」
ぎゅっとシグルドに抱きつくビリーはすこぶる愛しいのだが、先ほど自分に好きと告白していた時のビリーが頭に思い浮かんできていて・・・。
「ビリー!なんですぐに浮気する!」
「はあ?・・・あれ?シグ兄ちゃんとバルトって・・・」
「思い出さないか?」
「・・・」
「まだ辛いか?」
やさしく、あたまを、なでられた。
「・・・に、にげた・・・僕・・・逃げ出した」
「そうだ」
「そこで・・・保護、してくれた・・・」
「・・・そうだよ」
「あ・・・何日?」
「一ヶ月ほど」
「思い出したのか!?」
「思い出した。・・・誘拐、されてたの」
ビリーは青白い顔でバルトに振り返ってそう言った後・・・倒れた。



何があったのか正確には、覚えていなかった。
ただ覚えているのは・・・長い金髪。
低い男の声。あとは・・・だめ、思い出せない。
気付いたとき・・・大好きだった”シグ兄ちゃん”がいて・・・そうだ。何処か、ファティマ家の別荘で・・・。
バルトが・・・いたんだ。
何があったのか覚えてなかったけど、酷く怯えていて・・・。
怖くて泣いていたら、バルトが助けに来てくれた。
だんだんと、だんだんと・・・うん。
頑張ったんだ。
そして・・・両親が迎えに来て。
そうだ。
僕は、誘拐されていたことがあったんだ。
「だから誘拐などと・・・」
「わりぃ。でも、まだ誘拐されないかと思って・・・」
「それは・・・確かに」
「お前がビリーのこと見張らせていたのは知っているけど。っていうか、聞いたけど」
「・・・なんの、話?」
「ああ、ビリー」
目を開けると自分のためにあてがわれた部屋で、ベッドの側でバルトとシグルドが話しているのが見えたのでまだぼんやりとした頭を二人の方に向けた。
「ねえ」
「・・・大丈夫か?頭は痛くないか?」
「・・・うん。ありがとう」
「俺以外の男に頭を撫でられて照れて微笑まなくて良いんだ!俺だけに微笑んでくれば良いんだ!!」
「・・・」
どうして・・・あんなのに惚れたんだろう。
ビリーは重い溜息をついて先ほどのことを思い出して、恥ずかしくて恥ずかしくてシーツとシーツの間に逃亡しようとしたがシグルドが許してくれなかった。
「・・・正式な自己紹介がまだだったね」
「知ってるよ。バルトのお兄さんで・・・今は、バルトの片腕?」
「そういうところだよ」
優しく微笑むシグルドが昔大好きだったお兄ちゃんそのままで、ビリーは知らず知らずのうちに微笑んでいた。
「・・・あの・・・」
「思い出したんだろう?・・・あの時の事」
「・・・うん」
「君は、ファティマとあまり仲の良くない・・・敵対という程ではないが、そういう組織に誘拐されたんだ」
「・・・」
「そこから逃げ出した君を偶然会った若が保護して・・・一ヶ月ほど、うちで預かった。その後君は・・・先輩の所に帰った」
「・・・朧気ながら、思い出した」
「そして若は後先考えずに恋に落ちたあとこうして誘拐して拉致監禁したわけですね」
「いいじゃんか。結果オーライなんだから。あと、シグ。そこ恋人席」
「・・・はいはい。あんまり甲斐性なしだと・・・」
「とるなー!!」
何話してるんだろう。
よくわからないけど、なんか楽しいな。
「というか若。・・・ビリーを閉じこめっぱなしだったんですって?」
「うっ」
「・・・シグ兄ちゃん。今日って七月の・・・二十八だよね」
「ああ」
「・・・八月二日に登校日があるんだ。それに、携帯もとられたし財布もとられたし・・・」
「若」
「・・・わ、わぁった。かえす」
「家にも帰してくれる?」
「・・・」
「・・・ねえ」
「・・・わ、わかった」
「でも、あの家に一人きりは寂しいから。夏休みの間だけ。・・・ここに、いてあげても、いいよ」
ぷいっとバルトから顔を逸らしたビリーの、赤い耳たぶにバルトは感動した。
ああ、生きてて良かった!
ありがとう世界!
「・・・とりあえず今日はここに泊まっていきなさい」
「・・・うん」



そして、部屋は二人きりになった。
「・・・なあ」
「なに」
「・・・ちょー嬉しかったんだけど」
「・・・」
「まあ、好きになってくれる自信はあったけどな」
「ばっかじゃない?・・・どうして、どうしてこんな奴」
「俺の魅力?」
「・・・」
この強引さすら許容してしまいそうになる自分が嫌だ。ビリーはぷいっとそっぽを向いた。・・・恥ずかしくて、目、あわせたら真っ赤になってしまいそうで。
「・・・俺のこと思い出した?」
「うん。・・・よく、遊んでくれたね」
「俺は覚えてるよ。初恋だったから。・・・最初見たとき、怯えててさ。怖い目あっていたと思うから、仕方ないけど。シグばっかに懐いてなんなんだよ!って思ってたけど。自己紹介の時、無理して笑ってくれてさ。・・・ああ、可愛いなって」
「・・・」
「最初は女の子だと思った。・・・まあ、男だったけど。でも好きになったんだからしょうがないよなー。・・・一緒にいられるのが楽しかったな。でもいつのまにか、お前は帰ってた」
「僕・・・なんで誘拐されていたの?」
「俺にもよくわかんね。人身売買とか、そっち関係じゃないかな」
「・・・最低」
「お前可愛いから。・・・で、お前のことシグはずっと気にしていて・・・見張らせてたんだって」
「なんか・・・さっき聞いたような気がする。・・・そんなことしてくれていたの?」
「みたいだな。俺もお前攫ったとき初めて聞いたけど」
思いこんだらどんなことをしても自分を手に入れようとした相手はそういって笑った。好戦的な笑み。・・あ、こういう顔初めてみるな。
「あれから・・・ま、いろんな人間とつきあったよ。肉体だけの関係っつーの?」
「な、生々しい!」
「・・・でもお前より心動かされた相手っていなかったな。恋じゃないのかとか思ったときはあっても。お前以上の奴はいなかったなあ」
「・・・」
「お前は、初恋?」
「・・・うん」
「嬉しいな!初恋同士じゃんか!」
「・・・もし僕が初恋じゃなかったら?」
「過去の清算ってやっぱり殺すことでしか・・・」
「や、やめろ馬鹿!」
やっぱりこいつ、何するか解らない!
ベッドの端に座っていたビリーにバルトが近寄ってくる。
ぎしり。
スプリングが軋む音。・・・すぐ隣りに座って肩を抱き寄せられた。・・・そういえば、バルトは二つ上だっけ。二つしか違わないのに彼の体はとてもしなやかでビリーは溜息をついた。
ビリーはバルトの顔を見上げる。
「なーに?」
「・・・幸せだと思って。安らぎって、こういうんだろうな」
妙に大人びた顔。
・・・ああ、色々辛いこともあるんだろう。そういうのが解る。マフィアの世界がどういうものなのか自分はよくわからないけれども、人の上に立つ、人を先導する役割の人間の辛さはなんとなく想像できるから。
あ・・・。
「目、閉じろよ」
すぐ間近に聞こえる声。
・・・ビリーは言われたとおり目を閉じた。
肩を抱き寄せられ、身を任せる。
キス。
「・・・バルト」



「んじゃまそういうことで」
「・・・」
真夏に黒いスーツ。
何故僕まで着せられているのだろう・・・?
ビリーはぼんやりしながらそう思った。
「じゃあ荷物とってくぞ」
「ああ、うん」
「じゃあ俺が運転するから」
「・・・うん」
携帯を弄る。
・・・うわあ。沢山メールが来てる。当たり前だろうなあ。と、ビリーは思った。
用事がなければメールはしないが、送られてきたメールは迷惑メール以外すぐに返すようにしている。常に携帯を身の回りに置いているわけではないけれども・・・。
そんな自分が何日も無視していたんじゃ変だろう。
・・・どうやって・・・うーん。
携帯が壊れていた。
これでいくしかないな。
一件一件謝りながら返信する。
「・・・僕の家、まだ?」
「んー、うちから結構遠いから。寝てていいぞ」
「・・・あんまり体動かしてないのに、寝られるか」
「寝てろ」
「・・・うん」
そして気がつくと家の前にいた。
「もっていくもんは?」
「ノートパソコンに、夏休みの宿題。・・・冷蔵庫にはものが少なかったから幸いだけど・・・ああ、もうこれ捨てなくちゃ。生ゴミはだしてあるからいいし・・・うん・・・ああ、全くもう」
色々と掃除をして、必要なものを持って車に乗ろうとしたがバルトが制した。
「久しぶりの家なんだから、ゆっくりしろよ」
「普通家から引き離した人間がそういうこと、言う?」
といいつつも久しぶりの我が家は懐かしい。
ゆっくりしたかったビリーにとってその提案は魅力的だった。
「お前の部屋どんなの?」
「・・・見たいの」
「見たい」
「はいはい、ついといで」
ブランシェ宅は普通の家よりも大きかった。調度品などもこだわりをもって集めているのがよくわかるが生活臭がちゃんとある。
それはとても心地よい雰囲気を演出していた。
「お前の家って・・・結構金稼いでるんだろ?」
「まあね。共働きの上、二人とも・・・非凡な人だから」
「でもそれにしては・・・」
「ああ、それ。・・・子供が子供らしく育つようにって。それに性分もあるんだろうね」
「へぇー」
「ここが手狭になったらすぐにでも家を建てるとか言ってた」
ビリーは二階の自室に案内した。
勉強机には、鉛筆立てと、ガリレオの温度計がのっていた。
「・・・へぇー。こざっぱりしてんだな」
「まあね。ごちゃごちゃしているの、やだし」
整理整頓の行き届いた部屋。
「いいなあ、こういう雰囲気」
「なんだか落ち着かないものだね。僕の部屋に他人がいるのって」
「そうかあ?」
「あんまり友達家に呼んだことないし。勉強会の時とか・・・あとは他に少しとか・・・」
「勉強会って、お前そんなの必要ないんだろ?」
「色々調べてるんだね。僕は、先生役。・・・それに母さんを見たいってやってくる奴もいたし」
「お前目当てだったかもしれない」
「・・・」
「否定できないのか」
「・・・」
ビリーは歯切れ悪そうに頷いた。
「どうする?・・・今日、このまま帰るか?」
「泊まっていきたいな。君は忙しいだろ?」
「あのなあ。そんなの予定をあければいい」
バルトは携帯電話を取りだして何処かに電話をした。・・・そして、すぐに切った。
「大丈夫だ」
「・・・絶対無理してるよ・・・」
「なあ、ごはん作ってくれるんだろ?」
「まったく図々しい。・・・それで、なにがいい?」



「宿題・・・凄い速さで終わっていくなあ」
「大体は夏休み始まる前に終わらせたけどね。・・・これだけはまだ残してあったんだ。あと、家庭科に美術だけだな」
これでおしまい、とビリーは数学の宿題を終わらせて「家庭科で作るメニューはどうしよう?」と悩み始めた。
ビリーは男子校に通っているが、将来一人暮らしをするかも知れないと言うことで家庭科にも結構力を入れている。ビリーは毎日自分で料理をしていたし、半ば料理が趣味と化しているのでこの宿題はじっくりやろうと思っていた。
「普通の夕食のメニューがいいよね。じゃあ、今日のステーキでいっかな。・・・もっと普通のでもいいなあ」
「なあなあ、美術は?」
「テーマは・・・この中から選ぶ。なんらかのコンクールに出品するから」
「えーっと、世界平和、ルール違反、地球温暖化対策・・・どれにするんだ?」
「どれにしようか悩んでてね」
「絵は得意か?」
「下手ではないと思う。そういうレベル」
「つまり標準だな」
「そういうこと」
そうだ。午後に美術を片づけてしまおう。
「・・・うーん。美しい世界に・・・っていうのをやろうかな」
「ふーん」
「・・・そこらへんにいてよ。宿題やってるから」
ビリーはすぐに鉛筆で下書きを始めた。その姿を見ている。
ただぼーっと。
「なに」
「・・・なんでも」
「・・・」
居心地悪そうにビリーが睨んできているが、気にしない。
「結構早いんだな」
「・・・構図だけは決めてたから。あとはテーマに押し込むだけ」
「ふーん」
絵の具を取って、色を塗っていく。
確かに絶賛されるほど絵は上手くはないが、下手ではなかった。
色塗りの段階はビリーの性格だからだろうか?とても丁寧に色を塗られているのでそれで上手く見えるかも知れない。
「見ていてよく飽きないね」
「・・・お前を見ていて誰が飽きるか」
「ばっかじゃない?」
そんなこんなでポスターが完成した頃にはもう夕方になっていた。
「あ、いけない。・・・はぁ。夕食の材料買いに行かないと・・・。あ、携帯のメールも・・・」
「じゃ一緒に行くか」
「いいよ。1人で。・・・いってくるからね!」
ビリーは慌ただしく出ていってしまった。
ここは自分が用意したビリーのための檻ではなく・・・ビリーの家。
でも幸せだなあと思う。・・・抗争とか、色々あって・・・いつ死んでもおかしくなかったり、時には暗殺者に命を狙われたり・・・そういう日々を送っていた。
だけど。
「・・・しあわせだなあ」
ゆっくり時間が過ぎていく感覚なんて久しぶりだ。
その分、血なまぐさい現実も迫っているけれども。
前にビリーを誘拐したマフィアが最近動きが活発になってきている。麻薬も大量に売りさばいているし、テリトリーを拡大しようとしている。
おまけに何かを探っているらしいと、情報屋界隈をにぎわせている。
一歩間違えれば抗争。
・・・距離的にこの街で抗争が起きるかもしれない。
なんだかいてもたってもいられなくなってきた。
「・・・ビリー、どこいんだろ」
スーパーにいるだろう。
携帯電話と、財布と、オートマ。
これだけあれば十分だろう。補充用のマガジンも何個かある。
「行くか」



「・・・ふぅ」
今日の夜はステーキ。・・・あいつの口に安い肉、あうのかなあ。
ビリーは買い物を終えて歩いていた。・・・ああ、なんて暑い真夏の日差し。
アスファルトもご機嫌斜めだ。
「・・・それにしてもなんで真夏にスーツなんか・・・」
ジャケットは脱いできたけれども、しっかりとした素材のズボンが暑くて暑くてたまらない。
家から歩いて五分程のスーパーの買い物をすぐに終わらせて後は帰るだけだ。
完全な住宅街で、歩いている人間はビリー以外いない。そういえば最近人通りが少ないから痴漢が増えてきているっていってたっけ。となんとなく、「痴漢駄目!絶対!人間のくず!!」と書かれた看板を見てそう思う。
・・・冬に私服で露出狂にあったなあ・・・と嫌なことを思い出してぶんぶんと首を横に振る。
いやなもの思い出した。
角を曲がると黒塗りの車があった。・・・うわー、窓まで黒くしてる。
でも自分が直接関係あるわけない。
・・・ん、もしかしてファティマのものなのかも。
でもべつに、いっか。
通り過ぎようとしたとき車のドアが開いた。
「ビリー・リー・ブランシェだね?」
「え、あの・・・?」
「捕まえろ!」
「い。一体なにを・・・!」
「痴漢駄目、絶対、人間のくずですよ」
聞いたことのない男の声が背後でして、車から出てきた人相の悪い男達がびくっと動きを止める。
ビリーもわけのわからない現象に動きを止めている。
「引きなさい」
「まずい、あいつは・・・!」
「引くぞ!!」
な、なにこの展開・・・。
わけがわからない。
人相の悪い男達は車に乗って逃げていってしまった。
・・・なんなんだよ、もう。
「大丈夫でしたか?」
「貴方は?」
くるりと振り返ると穏やかな容貌をした男性が立っていた。・・・でもなんだか・・・妙に胡散臭い。
何の仕事をしている人なのか解らない。
ただ、とてもにこにこしている。
ビリーと同じような格好をした男を見上げてビリーはきょとんとしていた。
「ああ、通りすがりです」
「・・・そうですか」
「とにかくなんともなかったようでよかった」
「・・・どうもありがとうございます」
「気にしないで、ビリー君」
「え?どうして僕の名前を?・・・って、さっきの・・・」
「気を付けてください、あいつらには。・・・私が攫いにいくまで。私ヒュウガ・リクドウが貴方を攫いに行くまで・・・気を付けてくださいよ?」
「はあ。・・・ええ?」
「いいですね。・・・それでは」
「ビリー!!」
わ、わけのわからないことの連発だ!なんなんだ今日は!!
ビリーがくらくらしていると背後からバルトの声が聞こえた。
「ギャー!何住宅街で銃を取りだしてるんだ!」
「今お前・・・誰かに・・・!」
「な、なんか変な人達がいて・・・あの人がおっぱらってくれて・・・でも攫いに行くからまってろって・・・」
「どうして・・・あいつら、スタインの連中だ!その上・・・ヒュウガ・リクドウって・・・!なんでそんな大物に狙われてるんだー!」
「お、大物?」
「そうだよ。謎の特権階級の軍人できな臭い紛争とかそういうのに一枚噛んでるとか・・・凄腕のエージェントとか、謎のマッドサイエンティストだか・・・初めてみた・・・」
「・・・」
なに。
僕の日常ってなに。
え?・・・ええ?
「お前・・・スタインだけじゃなくて、軍部にも狙われてるのか・・・?いや、スタインだってなんでビリーを・・・なぜ、軍部に・・・」
「・・・わ・・・わからない」
僕は一体なんなんだろう。
ビリーは真夏の輝く太陽を見上げながら、そう思った。

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