ブランケット |
「やっぱりここにいやがった」 言われて身がすくみ、上を見ると呆れ返った顔があった。 「いやがったって…僕は動物じゃないんだからやめてくれる?」 「おーおー、噛みつきやがって」 「バルト!」 思わず大声を出して、自分の口元を押さえる。ちょいちょい、と彼が手を横に振ったので、廃熱の吹き出す側面を空けてやった。当然の様にバルトは横に座り込み、視線を遠くに飛ばしながら口元だけを動かした。 「プリムに聞いてもフェイに聞いてもさっぱりお前がいるとこ知らねーもん。こりゃハンガーしかねーやという訳で」 「で、何の用?」 その言葉を待っていたかのように、バルトは顔をほころばせると、提げていた袋からアルミの水筒とパラフィン紙に包まれた包みを差し出してきた。 「焼きたてのフィナンシェとアールグレイ。爺特製だぜ!」 「それだけ?」 「ひっでーなー! 俺はお前探して艦内半分歩いたんだぞ」 好意は受け取るけどね、と口の中で呟いて、パラフィン紙を開けるとバターとキュルシュワッサーの甘い香りが鼻の奥にひろがった。 水筒の蓋をカップ代わりに代わる代わる紅茶を飲みながら、しばらく二人は空いてきた小腹を埋めることに専念する。 「うまいだろ」 「うん、やっぱりメイソンさんは天才だと思う」 フィナンシェの甘さに、冷たい仮面も外れて思わず微笑みながらうなずく。 こうやって、きれいなものだけ食べて、笑ってばかりでいられればいいのだけれど。 「でもなんでここって分かったの? シグ兄ちゃんにも見つからない自信がある場所なんだけど」 「そりゃお前、ここを教えたのは俺だろーが」 飲みかけの紅茶を吹きそうになり、無理やり飲み下した。 合わせた目が、笑っている。それもここぞとばかりに。 「…覚えてなかった…」 「お前けっこう、抜けてるよな」 「うるさい」 立ちあがってひざの菓子くずを払いながら振り向いた。 「お? お帰りですか」 そう冗談めいてわらったバルトの足の間に座り込んでやった。態勢としては、ちょうどバルトがビリーを腕の中に抱え込むような。 反論しそうな口は、持たれかかった頭でふさいでやった。 「君こそ抜けてるよ。僕がここに居て、じっとしてる訳も分からないわけ? もうヤダ、本当に君って抜けてる」 盛大にため息をついて、まわしてきた腕に頬を乗せた。 廃熱吹き出し口からの風が、ちらちらと二人の髪を揺らす。 「…たまには、こうしたい時もあるんだから」 頭を撫でられると涙腺が緩む。思わず鼻をすすると、頭の上の口がぽつりとこぼした。 「そこで泣くかな、お前は」 「誰がそうさせたんだよ」 同じ重みを共有するものは、しばらくそのまま一つのかたまりでいた。まるで毛布にくるまるように。 「…最後の一個、どっちが食う?」 目の前に取り出されたフィナンシェを受け取ると半分にして、それを差し出す。 「半分にしよう、半分に…」 微笑みながら受け取った彼の頬に、小さくキスをする。やがてバターの香りの混じった唇を受けて、小さく吐息で笑って、小さな茶会は続く。 絶え間のない微笑みと、体を包むぬくもりと共に。 >>MENU |
おおとり炎蓮様から頂きました。 |