幸せのかたち |
世界と接続されている。 それは、望んでいても・・・望まなくても。 望んでいない方が多い。 イドは心の深淵で漂っていた。今はまだ、ステージには立てない。 フェイの精神力が弱まり、檻の力が弱まれば・・・自分はステージに立てる。 主導権を握れる。 ここには、哀しみと痛みしかない。 だからこそ自分は世界を憎んだ。 壊そうとした。 憎かった。 怖かった。 ・・・妬ましかった。 だから、そんな世界はない方が良いのだと。・・・これ以上、これ以上・・・こんな思いをしないために。 激情のまま世界を壊す。 こうやってでしか自分は世界に触れられないから。 破壊しか、自分には出来ないから。 ・・・手に入れることなど、空虚感だけなのに。 でも・・・今は。 心の深淵で、ゆっくりと思い浮かべる。 「・・・ビリーは、元気かな」 「・・・いないかなー」 バルトは今日もビリーを捜索していた。 ビリーは元気だろうか。 悪い大人に捕まっていじめられていないだろうか。 誰かから苺をもらって美味しそうに食べているだろうか。 もしかしたらお昼寝しているだろうか。 それとも別のことをしているのだろうか。 苺に思いを馳せているのだろうか。 悪い大人に捕まっていないだろうか。 ・・・悪い大人に。 「・・・」 通気孔からきょろきょろとビリーが顔を出して辺りを窺っている。 きょろきょろ。 動きにあわせて短い銀髪が揺れている。 「・・・ビリー」 「あっ」 いちごしょうねん、実に二日ぶりの発見であった。 主に通気孔に生息している通称いちごしょうねん、ビリー。 悪い大人に騙され、更に自分がつちのこであったことを知り・・・人目を忍んで今日もこそこそと生活しているビリーは警戒心がとても強い。 ビリーはバルトと目があったことを知るとすぐに逃げてしまった。 「ビリー、ビリー」 「・・・」 「ビリー・・・おいで」 「・・・つちのこ・・・」 「苺があるぞ」 「・・・いちご?」 「ああ、苺だ。美味しい砂漠苺だ」 「・・・でも、つちのこだから・・・僕・・・つちのこだから」 か細い声が奥の方から聞こえてきている。 「・・・みんな、お前のこと待ってる」 「・・・僕のこと?」 「ああ。ビリーのことを待っている」 「・・・でも・・・」 「とにかく、こっちに来い。・・・さあ」 「ニンジンも待ってます」 「せんせー!!」 何時の間に後をとられてしまったのだろう・・・。 バルトは顔面蒼白になりながらシタンの顔を見るために振り返った。 「・・・いつのまに・・・」 「ビリー君、ほらおいでなさい。貴方の大好きなニンジンあげますから」 「・・・にんじん・・・!」 「先生、何言ってるんだ!」 「最近気付きましたよビリー君。・・・いやよいやよも好きのうち。君はニンジンを嫌がりながらも・・・実は好きだったのです」 ビリーは密かに通気孔の奥で吃驚していた。 その吃驚している様子がバルトにも伝わる。 ・・・ああ、またビリーが騙されそうになっている・・・。 「に、にんじん・・・すき・・・?」 「そうなのです。実はビリー君はニンジンが死ぬほど好きなのです」 「で、でも・・・」 「なので沢山用意しました」 「げっ、段ボール」 「・・・さあ。ビリー君。・・・ニンジン、美味しいですよ?」 びくっとした気配。 涙ぐむ気配。 バルトは心配になって奥をのぞいてみると、ビリーはまだすぐ近くにいた。 やっぱり涙目になっている。 「・・・ビリー。逃げな。お前にニンジンはたべさせねぇ」 「・・・バルト」 「自分から進んでニンジンを食べて、そのあと泣いて私があやせばきっと懐いてくれると思ったのに・・・」 「どうしてそういう回りくどい事考えてて、しかもそれがまったくの逆効果だってことに気付かないんだ!!」 「・・・」 「さあ、ビリー。・・・いきな」 「・・・うん。・・・ごめんなさい」 「今度、苺食べような」 「・・・」 「ビリー」 「・・・・・・うん」 ビリーはいってしまった。 バルトは立ちあがって溜息をついた。 「・・・愛というものは、難しいのですね」 「・・・これ以上俺を悩ませないでくれ・・・」 「ビリー君・・・私は必ず懐かれてみせます」 「・・・」 何処まで本気なんだろう。 バルトは去っていくシタンの背中を見て大きな溜息をついた。 「・・・ってことだ」 「そっか・・・まあビリーが無事なら良いかな」 フェイとバルトが顔を合わせたのは、夕食が終わった後寝る前に水を飲むために訪れたガンルームだった。 そこでバルトは今日ビリーに遭遇したこと、シタンの行動を話した。 「・・・先生も、なにやってんだか」 「捕まってないと良いけどな」 「おっと、もうこんな時間じゃないか」 「そろそろ寝るか。・・・おやすみフェイ」 「おやすみ、バルト」 フェイは自室に帰り、すぐに寝た。 心地よい睡眠だった。 そして時は流れ・・・時刻が真夜中になった頃。 いつもの時間だ。 「・・・くっ、渦巻き・・・ナルト・・・」 今日も謎の悪夢を見ているフェイは、謎の悪夢と戦っていた。 「だめだ、ビリー・・・!ビリー・・・!!」 しかも今日はビリーまで関与しているらしい。 一体どういう夢なのだろう。 「あ・・・お前は・・・ゲ族・・・!!」 悪夢がピークに達したらしい。 フェイの漆黒の髪はウェービーな赤に染まる。 イドは覚醒した。 「・・・また、下らない悪夢で・・・」 すっかり意気消沈している。でだしからこんなんじゃ、何も出来ないし・・・それに覚醒したらやることがあった。 いつもの覚醒とは違いイドはそのままフェイの服を着ている。 戦闘の必要がないからだ。 ・・・だがこれでは格好がつかない。 適当に箪笥を漁り、黒いタンクトップと白いズボンを見つけた。白いズボンはフェイの趣味ではない。・・・支給品とも思えない。あの女だろうか。 イドは廊下に出た。 冷たい空気が頬に触れる。 ビリーは震えていないだろうか。 考えるのは、偶然出会い・・・そして可愛がったいちごしょうねん、ビリーのことだった。 そういえば先ほど発見されたようだが・・・保護までには至らなかったらしい。 廊下を歩いているとき、声が聞こえてきた。 「・・・ねこー、ねこー」 ねこー、ねこー・・・と可愛い声が聞こえてきた。 一体何なんだ? イドは足音を立てないように廊下を歩き、声の発信源を見た。 「・・・ねこー・・・」 何故か頭から猫の耳を生やしたビリーがちょこんと通気孔から顔を覗かせていた。 「ねこー・・・」 「ビリー」 「ねこー!」 「大丈夫だ」 「・・・ねこー・・・」 ビリーを捕獲したイドはビリーを通気孔から引っ張り出した。 白い大きな耳と、白い細長いしっぽが何故か生えている。 こんなことするのはシタンしか居ない。あの後捕まってしまったのだろう。そして弄ばれてしまったのだろう。 ・・・可哀想に。 でも可愛い。 大きな耳と長いしっぽが可愛い。 「・・・イド?」 「久しぶりだな」 「・・・いじめない?」 「俺がいじめたこと、あったか?」 ビリーはふるふると首を横に振った。 「・・・それにしても・・・ねこーって、なんだ?」 「・・・うんと・・・猫さんの鳴き声・・・」 「・・・ねこー、じゃないんじゃないか?」 「・・・」 「・・・なんだったか・・・キャットーでもないし・・・」 「いぬー・・・?」 「・・・とりー?」 ど忘れしてしまったらしい。 二人は一生懸命な顔をしてなんとか猫の鳴き声を思い出そうとしている。 「スナハミー・・・」 「アイムインラブー・・・でもないな」 「・・・ねこー?」 「・・・ねこー、だったかもしれないな」 その時「みゃあ」という鳴き声が何処かから聞こえてきて二人は顔を見合わせた。 「みゃあ」 ビリーは長年の悩みが解決して嬉しそうにしている。 イドはそんなビリーを見て、頭を撫でてあげた。 どちらもとても嬉しそうだ。 「・・・よかったな」 「みゃあ」 「そうか、よかった」 そんな二人の姿をこっそりと見ている一つの影があった。 が、二人はそんなことには気付かない。 「・・・苺を食べに行こう」 「・・・いいの?」 「ああ、いこう」 自分が不器用だという自覚はあった。 人のかわいがり方などしらなかった。 自分の手は破壊のためにあるもの。・・・下手にビリーに触れてしまったら、壊してしまうかも知れない。 あまりにも、華奢だから。 触れあいが怖かったのもあった。 失うのが怖くて。・・・壊すのが怖くて。 でも自然と自分はビリーの頭を撫でていた。 ・・・傷つけないように、優しく。その所為で肩が凝ってしまうがそんなことはべつにどうでもいい。 ビリーはちょっと嬉しそうに上目遣いでイドを見ている。 ・・・この表情を見るためなら肩が攣っても構わない。・・・勿論そんな柔な鍛え方はしていないので肩を攣りはしないだろうけれども無理な力が掛かっている。 慣れないことをしているからだという自覚はあった。 「・・・ビリー、お前は・・・俺が怖くないのか?」 「・・・どうして?」 前にもこんな設問をした気がする。 「・・・俺は、触れてきたものはみんな壊した」 自分の空虚を埋められるわけもないのに、心の中を哀しいまでに破壊衝動が満たした。 心の空虚を埋められるわけはないのに。 「・・・でも、僕・・・まだ壊されてないよ」 ビリーは大きな目でイドを見上げる。 「・・・イドの手・・・あたたかいもの」 「・・・」 「あ、ごめんなさい。チュチュ風情がごめんなさい・・・」 「・・・チュチュになってしまったのか」 「・・・うん」 あのマッドサイエンティストに何かされてしまったのだろう。 可哀想に。 ・・・イドにとって初めての気持ちだった。 心の中が暖かくなって、なぜだか・・・そう・・・堪らない。 決して嫌な気持ちではない。 もしかして、これが・・・幸せ? そして・・・多分、愛情。 「・・・ビリー」 抱きしめる。 ・・・腕の中の存在は、あまりにも華奢だった。 ビリーは小さな驚きの声をあげたけれども、ぎゅっとイドの服にしがみついた。 脅かしてしまっただろうか。 でも必死で耐えたビリーが・・・ただただ愛しかった。 どうしてビリーがここまで愛しいんだろう。 ・・・自分を受け入れてくれたから? ・・・違う。 人のために何かしようと思ったのは、ビリーが初めてだった。 今まで自分のことしか考えていなかった。でも、ビリーに・・・苺を食べさせてあげたかった。美味しく食べている姿を見たかった。微笑んでいる姿を見たかった。 ・・・初めて他人のために行動したのだ。 「・・・イド」 腕の中から小さな声が聞こえる。 「・・・さむい」 「・・・大丈夫か?」 「うん・・・でも、あったかい」 「・・・ああ、そうか」 確かに今日の夜はよく冷える。・・・確か、現在ここは海の上だったか。極点近く・・・か。 冷え込むわけだ。 ビリーの笑顔が見たかった。 幸せの形って、なんだろうか。 「・・・いちご」 ビリーにとっては苺の形をしているのかもしれない。 イドはそう思いながらビリーの目の前にゆっくりと苺を差し出した。 ビリーは苺を眺めた後、先端を少し噛んでじーんとしている。・・・久しぶりに苺を食べたのだろう。 「・・・いちご・・・!」 「美味いか?」 「・・・つちのこなのに、こんなに美味しいの食べちゃった・・・」 「別に良いだろう?」 「・・・」 「俺が苺をあげて、お前が食べる。・・・お前は気にすることはない」 「・・・」 「さあ、ほら」 ビリーはかぷかぷと苺を噛んでいってようやく一つ食べ終えた。 そして瞳を閉じて余韻に浸っている。 幸せの形って、なんなのだろうか。 ・・・ただそこに幸せがあって、人々の幸せの形は・・・一定ではなくバラバラであって。 ある者にとってはその幸せは至上の喜びであると同時にある者にとってはどうでもいいようなことの時もある。 自分の幸せの形は、どんなものなのだろう。 ビリーの顔を見る。 ・・・幸せ。 「・・・イド?」 「幸せ、なのかな・・・今」 「しあわせ?」 「ビリーは?」 「僕、つちのこ・・・だけど、いちご・・・食べれて・・・しあわせ」 「俺はお前が美味しそうに苺を食べているのを見たから、幸せだ」 「・・・僕?」 「初めて、人のことで行動できた。・・・ビリーのお陰、かもしれない」 通気孔から顔を出してびくびくしている姿、シタンに捕まって可哀想に泣いている姿、そしてこうして自分を見上げる姿。 自分は空虚な人間だ。 全て嫌なものを押しつけられた。 そこで生み出されたものは破壊願望しかなかった。 なにもなかった。・・・なにも。 空虚を埋めるために、破壊をした。それで空虚が埋まるはずもなくもっと拡大していった。 ・・・だけど、ビリーは。 少しだけれども・・・ほんの少しだけれども・・・空虚を埋めてくれる。 最近その存在が大きくなってきた。 「・・・怖いんだ」 「・・・え?」 「自分が怖い。・・・きっと、また壊してしまう」 世界を壊してしまう。 その為の存在だから。・・・彼はそれを望んでいる。 「・・・僕、そしたら・・・イドが、壊さないように・・・する」 「・・・」 「・・・それじゃ、だめ?」 勇気を出して言った言葉に反応がなかったのでビリーはしょんぼりしてしまった。耳もしっぽもあわせてしょんぼりしている。 その時、不器用な手つきでイドはビリーの頭を撫でた。 「・・・ありがとう」 「ねこー」 「・・・みゃあ、だろ」 「あっ」 「・・・」 「・・・みゃあ」 「よくやった」 「・・・うん」 一緒にお風呂に入って、誰も居ない廊下を歩く。 ビリーの長いしっぽが歩くたんびに揺れて、イドの視線は釘付けだ。 「・・・また一緒に寝るか?」 「・・・でも、つちのこだから・・・」 「一緒に寝るぞ」 やっぱり不器用だ。 イドはビリーの細い手首を掴んでずんずんと歩き、自室に入った。 「・・・ベッド」 「俺がお前と一緒に寝たいんだ」 「・・・」 「いいな?」 こうでもいわなければ、ビリーはベッドで寝ない。 ビリーはおそるおそるベッドに横になった。 「・・・」 その隣りにイドが横たわる。 隣で寝ているビリーを抱き寄せ、抱きしめる。・・・幸せの形を再確認する。 「おやすみ、ビリー」 「・・・おやすみなさい、イド」 シタンはふーっと溜息をついて首を横に振った。 「さあ、これで貸しつきましたよ」 先ほどから二人の行く末を見ていたシタンはそう言って苦笑した。 「下手にストレスがたまって暴れられても困りますし・・・まあ、よかったでしょう?」 ただし、この貸しは高くつく。 シタンは背伸びをしながら「明日フェイのベッドで寝ているビリー君の誤解を解く時にも貸しつけましょうか」といいながら薄暗いユグドラシルの廊下に消えていった。 >>MENU |
梅田キリエ様の四周年リクエスト祭でリクエストして書いていただいたものです。 |